邪馬台国へのルートは
帯方郡 (ソウル近辺)→ 狗邪韓国 (釜山近辺)→ 対馬国 (対馬)→ 一大国 (壱岐)→ 末盧国 (唐津近辺)→ 伊都国 → 奴国 → 不弥国 → 投馬国 → 邪馬台国
末盧国までは大体の場所わかるけど、問題はそこから先。
釜山から対馬、壱岐、唐津までそれぞれ一海千余里づつ、そこから東南に陸行五百里で伊都国。
末盧国より先の伊都国からは説がありすぎてわからなくなる。
その中の一つの説は、伊都国=吉野ヶ里遺跡だ。
確かに、唐津から東南に国道を進むと、吉野ヶ里の方向に行く。
伊都国を吉野ヶ里遺跡とするのはピッタリで、夢が広がる。
そしてここから先、魏志倭人伝での書き方が変わる。
伊都国を中心に、そこから奴国、不弥国、投馬国、邪馬台国までの行程を示している書き方になる。
吉野ヶ里遺跡から東南に百里行くと奴国、東に百里行くと不弥国、南に水行で二十日行くと投馬国に着く。
そして南に水行で十日、歩いて一ヶ月行くと邪馬台国。
九州の地図を見てみる。
吉野ヶ里からだと、船で行く場合は筑後川を下って有明海に出て南下していく。
筑後川を川下りしていくような船だから、小さな船で、陸沿いに離れないように進むんだろう。
船というより、筏みたいなものかもしれない。
それで10日進む。
つづく
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